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「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)
「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE(漫画家・イラストレーター/25歳)

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE(漫画家・イラストレーター/25歳)

”自分らしさ”って何だろう?
最近そんなことを考える時間が増えた気がする。

SNSを眺めていると、生き方も働き方も無数の選択肢があることを実感すると共に、 「何者」でもない自分への焦りが募ることもある。
夢を叶え、好きなことで生きていく道を選んだ人は、 ”自分らしさ”とどう向き合ってきたのだろうか。

漫画家の山科ティナは、16歳で初めて持ち込みした作品をきっかけにデビュー。 大学生の時に自身のSNSに投稿した漫画が大きく話題となってからは、紙とWEBを横断して活躍するSNS時代の漫画家として注目されている。一見まさに現代のサクセスストリーと言える経歴だが、その道のりは平坦ではなかった。

時代の共感を集めるの彼女の創作活動の舞台裏、 そのルーツと漫画に込める思いに迫る。

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)

7月のはじめ。豊洲の空は、晴れたり、曇ったり。
それは観測史上稀に見る長い梅雨の入り口だった。
吹きすさぶビル風の中、姿をあらわした彼女は、 不安定な空模様とは対照的にとても穏やかで清々しい顔をしていた。

さっそく、漫画家としてのルーツを尋ねてみる。

「私は9歳まで中国で育ちました。小さい頃、6歳くらいから、ずっと家では日本のアニメが流れていて、『カードキャプターさくら』とか、『名探偵コナン』とか。それをずっと見ながら絵を模写してました。当時の中国にはあんまり日本の漫画は置いてなくて、その後、日本に来てからリボンとか漫画雑誌を買うようになって、そこでアニメの原作として漫画の存在を知ったんです。漫画雑誌に投稿のコーナーがあって、自分でも描いて出したら漫画家を目指せるんだってことを知ってから、夢が漫画家になりました」

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)

中国で通っていた小学校は成績至上主義で、学校ではひたすら勉強づけの日々送っていた。ところが日本の学校に転校すると、当時はゆとり教育の真っただ中。それまで体験したことのなかった合宿コンクール、運動会、文化祭などの学校生活に「アニメで見た世界がある!」と心を躍らせた。一方、当然ながら文化の違いに戸惑いを感じる場面もあった。そんな生活の中で心の支えとなったのは、やはり幼い頃から慣れ親しんできたアニメや漫画の世界だった。

「私のおおもとにあるのは少女漫画のようなあたたかい世界です。自分が小さい頃、寂しい思いをしていた時にすごく救われていたので、そんな原体験から、いろいろな人が抱えている傷を全部あたたかく包み込んでくれるみたいな物語に憧れるようになったのかなと思います」

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)
「グッバイ、プレイリスト。」ナンバーナイン 2018 
人知れず思い悩むことや、憧れの人に思いを馳せることなど、人々が心の奥底に秘めている繊細な感情をすくい上げて描く作風がWEBで漫画を読む世代を中心に共感を呼んで人気に火が付いた。

山科ティナの作品を振り返って見ると、登場人物は皆それぞれに悩みや葛藤を抱いているが、それを受け止めてくれる人との素敵な出会いがあって、最後には救いがある。あえて徹底して“優しい世界”を描いているようにも思えるその作風について問いかけてみるとこんな答えが返ってきた。

「やっぱり、自分がマイノリティなことが多かったからでしょうか。私は、親が中国人なのですがアメリカで生まれたのでアメリカ国籍なんです。だから、中国にいる時はみんなと国籍が違っていました。両親はその時からずっと日本にいて、私は9歳まではおじいちゃんおばあちゃんに育てられていたので、他の子達はみんな親と暮らしてるけど自分は親が身近にいないとか。日本に来てからも、名前が他の人と違っていたり、はじめは言葉がそもそも通じなかったり。ちょっと“はぐれ者”みたいなところがあるんです。でも、それでも優しくしてくれた友達もいて、そういうところに影響を受けてきたのかもしれません」

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)

自身を冷静に見つめて明晰に話す様子からは、 25歳にして迷いがないようにも思える。

そんな彼女だが、数年前には自分を見失いかけていた時期があるという。

「2年くらい前は自分と人を比べ過ぎたりして、すごく自己肯定感が下がってた時期がありました。藝大を受験している時に人と比べることで頑張れた経験があったんですが、それが癖みたいになってしまって。同世代のクリエイターの人と出会うといいねの数とかを比べだしたりとか……。その時は、一番気持ちが落ちていましたね。ネームとか全然進まなくなってちょっとこれはヤバいなって」

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)
「アルファベット乳の言えなかった話。」WEB版 街角クリエイティブ 2017
自伝的漫画「#アルファベット乳の、オモテとウラ。」では、才能あふれる同世代への憧れや嫉妬、「何者」でもない自分への焦りなど、ドロドロとした感情が赤裸々に綴られている。

「人と比べ始めると沼みたいなところありますよね」と笑う様子はちょっと意外だったが、少し親近感が湧いた。でも、その沼からはどうやって這い上がったのだろうか。素直に疑問を投げかけると「どうやって立ち直ったんだっけ」と一呼吸おいてから、ある人との出会いをきっかけに過去の自分と決別しようと思ったことを話してくれた。

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)

「ある時出会った同世代の起業家の方が一切人と比べないって割り切ってたんです。当時の自分とは真逆だけど、別に誰かと比べなくても成長はできるという姿を見て、人と比べて病んでいたそれまでの自分を捨てようと思いました。結構時間はかかったんですけど、意識を変えてからは徐々に人と比べなくても平気になりました。人と比べてしまっている状態の時って、読者さんから良いコメントがあっても中々頭に入ってこなかったりするんですよ。でも、徐々に、誉め言葉もちゃんと受け止められるようになってきて。それからは、ちゃんとまわりで応援してくれている人の存在を大切にできるようになりました。今、連載している漫画の担当編集者さんは、毎回原稿やネームを送るとまずは率直にポジティブな感想をくださる方なんですが、目の前の人が喜んでくれて、さらにはその先にいる読者の皆さんに楽しんでもらうことをモチベーションにすることで、今は健やかに楽しく描けているなと思います」

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)
「逃源郷」ナンバーナイン 2020
東京藝術大学 デザイン科の卒業制作で描いた「逃源郷」は第68回 東京藝術大学卒業・修了作品展として東京都美術館で展示された。

今年の3月には東京藝術大学を卒業。漫画家としての新たな一歩踏み出した。大学の卒業制作では、「いじめ」や「虐待」などこれまでの作風とは異なるシリアスなテーマを扱った作品『逃源郷』を発表して話題となった。

「大学の卒業制作では、普段やってないことをやりたいって思いがありました。自分のパーソナリティーに基づいた舞台やキャラクターを描いてみたいと思って、主人公は中国人の女の子にしました。逃源郷を描く中で、最初はこの話を長く描きたいと思ったんですけど、そのうち、やっぱり自分が一番描きたいのは元々好きだった少女漫画にあるようなあたたかい話だって気づいて。それは大きな進展でした」

漫画家としての道のりを歩む途中で、時に目の前の道を見失ったり、横道にそれたり。そんな行程を経て今、原点ともいえる”優しい世界”に戻って来たように思えた。

「将来的にはまたシリアスな話を描きたくなるかもしれないですけど。相談した編集者さんからも『王道を描いてほしいです』みたいな言葉を頂いて、大好きな漫画フルーツバスケットみたいな、素敵な出会いがあって心温まる話を私は描くべきだと思って、そこは前向きに割り切ることが出来ました」

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)
「ショジョ恋。─処女のしょう子さん─」  主婦と生活社 2020
現在 雑誌ar にて連載中。

現在手掛けているのはアラサーで恋愛経験がないことにコンプレックスを持った主人公が恋活シェアハウスに入居して、そこで出会った癖の強い住人達との人間模様を描いた『ショジョ恋。。─処女のしょう子さん─』

キャッチーな設定ときわどいテーマに目が行きがちだが、作品の根底にあるのは、一貫して人や世界に対するあたたかい眼差しである。

「恋愛経験がないことに悩んでいた友達と話していて、まわりに大丈夫って言われても自分はすごく気にするとか、掘り下げていくとみんなに共通する部分があって、そこを描きたいなって思いました。みんなが持っているようなコンプレックスをキラキラしたあたたかい世界でポジティブさに変えられたら、読む人が前向きな気持ちになれる作品が出来るんじゃないかって。他人とくらべたりして、どんどん殻に閉じこもってしまう自分がいた時に、それをときほぐしていくきっかけになる作品を目指したいと思っています」

山科ティナが描く”優しい世界”には、人や世界に対してこうあって欲しいと願うささやかな祈りが込められている気がした。

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)

最後に今後の展望について質問すると、穏やかな口調でこう話してくれた。

「たくさん、いろんな作品を描いていけたらいいですね。たぶん、またその年齢になった時にしか描けない作品が出て来るでしょうし。それを積み重ねていけるのが自分にとって理想です。物語なのであんまり飽きもこないのかなって。他の事に対しては飽き性なんですけど(笑)」

描くことが本当に好きで、ずっと向き合ってきたことが言葉の端々から伝わってくる。

話を聞いた後、ふと児童文学『エルマーのぼうけん』の翻訳者渡辺茂男の言葉を思い出した。

-実在しない生き物が子供の心に椅子をつくり、それらが去った後に実在する大切な人を座らせることが出来る。-

彼女が幼い頃に影響を受けた少女漫画や、今描いている漫画もまた、誰かの心に椅子をつくっているのかもしれない。

「コンプレックスも、トラウマも、全部あたたかさで乗り越えていきたい」 SNS時代に人の心に触れる漫画を描く彼女の優しいVOICE (漫画家・イラストレーター/25歳)

”自分らしさ”と出会えるのはきっと現実世界に限った話ではない、現実世界で見失った自分らしさをフィクションの世界で取り戻すことだってあるんじゃないか。

そしてそれは、時に、誰かと比べ過ぎて自分を見失ったり、思いがけない出会いをきかっけに新しい自分を発見したりする中で、じっくりと時間をかけて育んでいくものなのではないだろうか。

彼女が描く漫画と生きる道をたどる中でそんなことを思った。

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