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「TOKYO VOICEを読む若い人たちへ。もう手が付けられないこの国からの離脱のススメ」(日本を離脱して四半世紀の政治学者/52歳)
「TOKYO VOICEを読む若い人たちへ。もう手が付けられないこの国からの離脱のススメ」(日本を離脱して四半世紀の政治学者/52歳)

「TOKYO VOICEを読む若い人たちへ。もう手が付けられないこの国からの離脱のススメ」(日本を離脱して四半世紀の政治学者/52歳)

「TOKYO VOICEを読む若い人たちへ。もう手が付けられないこの国からの離脱のススメ」(日本を離脱して四半世紀の政治学者/52歳)

ここに1冊の本がある。『日本国民のための愛国の教科書』。平成から令和に変わった時代の節目に愛国の教科書とは、「ネトウヨたちが喜びそうな右がかった本なのか?」と開いてみたら、まったく逆だった。そこに刻まれていた言葉は、無自覚に流されて生きる日本人たちへ冷水を浴びせるメッセージに満ちていたのだ。がぜん、著者の将基面貴巳さんに会いたくなった。

「日本はもう手が付けられない状況じゃないかと僕は思ってます」

率直に今の日本の状況を問いかけると、即座に厳しい答えが返ってきた。将基面貴巳と書いて、しょうぎめんたかしと読む。読み方からしてちょっと難しい。風貌も「孤高の」という表現がふさわしい冷徹な視線が、初対面ではとっつきにくい。大学を卒業してからイギリスの大学で学位を取得、研究者としての生活をスタート。現在はニュージーランド最古の大学、オタゴ大学で歴史学の教授を務める。日本を離脱して27年。人生の半分以上を海外で過ごしたことになる。

「日本の外からこの国を見ていると、若者たちは自分のことにしか関心がないように見えます。公共的な問題に対しては全く関心がない。それが投票率にも表れていますよね」

2019年の参議院議員選挙の20代の投票率はわずか30.96パーセントだった。10代だと32.28パーセント。3人に1人も行っていないのだ、国政選挙に。

「TOKYO VOICEを読む若い人たちへ。もう手が付けられないこの国からの離脱のススメ」(日本を離脱して四半世紀の政治学者/52歳)
「日本国民のための愛国の教科書」(百万年書房)は、若者のための自立の書でもある

「僕の住んでいるニュージーランドでは投票率は75パーセントくらいありますし、その隣りのオーストラリアでは投票は義務ですから、必ず投票をしなければならない。そういう国では政治に関するコミットメント(責任をもって関わったり、発言したりすること)はごくごく当たり前のことです。学校を休んでデモに参加することが日本で問題視されていましたが、そんなことはニュージーランドではとても考えられない。公共の問題に個人や集団としてアピールする、デモなどは今やらなければならないということであれば、そのために学校を休んでデモに参加することは、学校も咎めだてしないし、親も咎めだてしない。むしろよくやったと褒める親も多い。でも日本ではそういうことにコミットすることはむしろいけないこと、政治的な発言をすることもいけない、中立でなければいけない。政治的な権威に対して反抗するのはいけないっていう。そういうものの考え方はイギリスやニュージーランドなどのアングロサクソン系の国では考えられないことです。公の場で積極的に発言することの重要性というものは、この本『日本国民のための愛国の教科書』で強調しましたし、それが今の日本では決定的に欠落しているんではないかと思ってます」

「TOKYO VOICEを読む若い人たちへ。もう手が付けられないこの国からの離脱のススメ」(日本を離脱して四半世紀の政治学者/52歳)
カナダ、イギリス、ニュージーランドと日本を離脱して27年が経った

「愛国」や「愛国心」という言葉で想像するのは、この国の自然や文化に対する愛着だろうか。それとも天皇を中心にしたこの国に対する忠誠心だろうか。将基面教授によると、この言葉はもともと日本語には存在しなかったという。明治維新までの日本人は、国よりも藩への帰属意識で自分たちを理解していた。しかしそれだと西欧の列強に対抗できないので、日本国民であるという意識づけのための教育を行った。そのために生まれたのが「愛国」という言葉だ。明治の近代国家建設によって生まれた、実はまだ新しい、たかが150年程度の言葉に過ぎないのだ。

「日本にいるとよく『日本人に生まれてよかった』という表現を耳にしますが、ニュージーランド人が『ニュージーランド人に生まれてよかった』と言う場面に遭遇したことがないんです。実際にいろんな人に聞いてみても『そんなことは考えたこともない』って言うんですよ。だからその感覚は日本人特有のものだと思います。なんでそんなに日本人にアイデンティファイするかというと、日本では単一民族の神話なんていうものが堂々とまかり通っていて、みんな純粋な日本人だと勝手に思い込んでますけど、ニュージーランドは多民族国家で、白人は基本的にはスコットランドやイングランド、ウェールズあたりからやってきている人たちですし、マオリと呼ばれる先住民たちもいる。家族のルーツとしてのナショナルアイデンティティがあって、その上にニュージーランド人としてのナショナルアイデンティティがあるので、非常に複雑なアイデンティティ構造を持っているんです。だから単純にニュージーランドがいいって言えない。でも日本の場合は単一民族の幻想がある。琉球にしてもアイヌにしても、もともとは日本人じゃなかったのにね。根拠のない幻想の上にアイデンティファイしているんです。そう思うと、愛国心を抱く日本という国の輪郭がぼやけてきませんか?」

「TOKYO VOICEを読む若い人たちへ。もう手が付けられないこの国からの離脱のススメ」(日本を離脱して四半世紀の政治学者/52歳)
仕事帰りの人と遊びに来る若者たちで、夕方5時の渋谷はごった返していた

多様な人たちの集まった国では、「共通善」という考え方が重要だと将基面教授は言う。共通善とは、多くの人が話し合って決める、これが望ましいと思われるひとつの妥協点としての政治的な理想のこと。その実現のためには、理想とは何かを議論できる場があって、人々がそれに積極的に参加していく自由と平等な権利が必要だ。そして共通善が犯されそうになったら抵抗する権利、「抵抗権」を発揮しなければならない。

「変な話ですけど、『必殺シリーズ』というドラマがあったでしょう? 今もやっているかどうかわかりませんけど、そのDVDを僕はたくさん持っておりまして(笑)、それも1970年代の初期のシリーズが大好き、特に『必殺仕置人』(1973年に放送されたテレビドラマ)は政治的、社会的な不正に対する怒りの表現が凄まじいんですよ。それを当時の日本人が見て納得していたからこそあのシリーズは人気があったんだと思うんですね。それが80年代に入って定型化してただのつまらない時代劇になっちゃいましたけど、ああいうドラマを見て今の若者たちはどう思うのか、あのような怒りの感情に訴えるものに対して、何も感じないのかどうか。不正に対してはいつでも剣を抜いて戦うぞという覚悟がなければいけないのに、無関心で長いものに巻かれていたら、社会はどんどん腐っていきます」

将基面教授の覚悟の原点は小学時代のある経験にある。

「小学校5年、6年の時の担任の教師に僕は毎日ビンタくらってたんです。別に僕がいたずらしたとかそういうことではなくて、何か難くせをつけてはこっちに来いって言ってバチンと平手打ちをくらうという。僕は中学受験のために勉強していたので成績はよかったんですが、それが気に入らなかったんでしょうね。連日あまりにひどかったので、僕と同じように中学受験をしようとしていた女子生徒2人と、男子生徒1人と4人でその教師を追放しようという運動を僕が立ち上げたことがあったんです。子供のすることなので半ばおふざけのことだったんですけど、それがその教師の耳に入って、ああいうことをするのはけしからんとまたバチンとやられたり。いわれのない理由で虐待を受けていたので、こういう連中をのさばらせておくのは許せないという正義の感覚が研ぎ澄まされたのかもしれませんね」

全体主義の魔物に対抗するには、声を上げて戦わなければならない。将基面少年はそれを行なった。自由や平等はそれが普通にある時には意識しないが、なくなってみて初めてその辛さに気づくものだ。例えばあなたが今香港で起きている若者たちの“闘争”の意味にさえ興味を失っているとしたら、いつか魔物に魅入られても抵抗できないだろう。

「民主主義イコール多数決だなんて言う人がいますけど、とんでもない話です。多数に従うことが民主主義なのではなくて、最後の1人になっても言うべきことを言う権利。それがなくなったら民主主義もなくなってしまうでしょう。もしこれを読む若者がまだ学生であったとしたら、クラスの中でなにか物事を決める時に、みんなの言っていることは違うと言える覚悟があるかどうか。そういう態度を取れる人が1人でも増えれば、自由は守られるようになるでしょう。でも、最初の話に戻りますがこんなに投票率が低い日本の現状を考えると、この国はもう手がつけられない状況ではないかと危惧します。もちろんここに留まって発言し続ける選択肢もあります。でももう1つの選択肢として、外国に活躍の場を求めて離脱の可能性も考えた方がいいんじゃないかと思うんです。優秀な人が離脱すればするほど、国家としてなんとかしなければならないという議論も起こるかもしれないので、私は離脱する人が多くなった方が日本にとってはいいと思ってるんですけどね」

「TOKYO VOICEを読む若い人たちへ。もう手が付けられないこの国からの離脱のススメ」(日本を離脱して四半世紀の政治学者/52歳)
「別に好き好んで1人になりたいとは思わない。でも孤独に耐える覚悟はある」

将基面教授と渋谷の街を歩いた。昨日まであったはずのビルは取り壊されて、新しい高層ビルが続々と立ち並ぶ。スクラップ&ビルド。いつもどこかで工事があって、それに合わせて人の流れは調整される。以前通った道はなくなり、行きたい場所にもたどり着けない。そんな養殖池を泳がされる魚のような人の群れを眺める教授は、まるでいけすに迷い込んでしまった孤独なウミガメのようだった。

「歴史学者は嫌いです」

過去を知るだけでは満足できない。現在を見て、言うべきことを言う。将基面教授は、歴史学者といういけすからも離脱しているのかもしれない。

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