横須賀のアメリカ海軍基地（地元では「ベース」と呼ばれる）の中で暮らす、１人の女の子に会いに行った。彼女の名前はアイーシャ。 日本人の母親と、アメリカ海軍の上級士官の父親を持つ、14歳の女の子。カメラを向けると、怒ったような、不機嫌なような、他者を拒否する表情を浮かべる。

夏の終わりの海には、軍艦が浮かんでいた。「あの潜水艦は海上自衛隊のものだそうです。アイーシャは船を見ると、アメリカの船か、日本の船か分かるんです」 お母さんは無口な娘の代わりに解説をしてくれる。 最近よく話題になる海上自衛隊のヘリ空母も見える。「アメリカの空母ロナルド・レーガンは今はいないみたいですね」アイーシャの父親はラッセルという名前のミサイル駆逐艦に乗っている。「任務に出ると４ヶ月くらい帰ってこないこともあります。アイーシャは小学３年生の時に泣いたのが最後です」パパがいない時はさみしい？　と聞いてみると。「別に」と小さい日本語が帰ってきた。

アイーシャはモデルの仕事が好きではない。ベースのお祭りがあった時に、遊びに来ていたモデル事務所の人にスカウトされた。それが10歳の時。モデルとしては妹のキーナの方が売れっ子だ。キーナは笑顔も上手に作ることができるし、キッズモデルとしてファッション撮影もこなす。でもアイーシャは笑顔が作れない。

撮られるのはあまり好きじゃない？
（うなずく）
撮られる時は何考えてるの？
「Nothing」
早く終われーとか？
（うなずく）

アイーシャはベース内の学校に通っている。ブラスバンド部ではクラリネットを吹いていて、最近サキソフォンも吹けるようになった。サイエンスの授業が好きで、将来は「ドクターか先生」になりたいと考えている。NJHS（ナショナルジュニアオーナーソサエティ）という、成績優秀でリーダーシップのある生徒が選ばれる名誉ある会にも選ばれていて、ボランティア活動もしている。目の前の内気な女の子と、リーダーシップのある生徒とが結びつかない。

学校だと話すの？
「友達だったらしゃべる」
知らない人とははあんまり喋りたくない？
（うなずく）
モデル辞めたい？
（うなずく）
なぜ辞めないの？
「ママがやってほしいって。キーナもモデルやってるから。あんまり分かんない」

横須賀という街は境界の街だ。アメリカと日本。平和と戦争。でもその境界ははっきりとしているようで、実のところ曖昧だ。アメリカでもあるし日本でもある。平和でもあるし戦争でもある。横須賀の空と海のブルーが溶け合ってしまうように、どちらでもないしどちらでもある状態が真実なのかもしれない。

アイーシャもちょうど大人と子供の境界あたりだ。子供の鋭敏な感性と正義感が、大人の事情を拒否する。（そう、この撮影で私たちが嫌われてしまったように）でもその境界はだんだんと曖昧になってきて、いつの間にか大人になってしまうのだと思う。

最後にこんな質問をしてみた。将来は日本にいたい？　アメリカがいい？「アメリカ。顔がアメリカ人だから」アイーシャは少し考えてから、小さな日本語でこう付け加えた。「でも日本が好き。ごはんおいしいし、友達がいるから」アイーシャの境界線をこの先も見守って行きたいと思った。