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「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評」。アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)
「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評」。アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)

「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評。」アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)

「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評。」アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)

東京藝術大学の卒業展で見た、とある「着ぐるみ」の作品に心を奪われた。制作したのは、着ぐるみクリエイター・ラッパーの田村なみちえだ。外見で判断され続けた彼女が、自身の魂と向き合うために作った着ぐるみ──。彼女の話には、常識が押し付けられる現代社会に問いを立てるためのヒントが隠されていた。

世の中には、常識という名の暗黙のルールが存在する。

「テストでいい点数を取れない人は落ちこぼれだ」
「一流企業に就職することが幸せだ」
「目が二重で色白であることが”美人”の定義だ」──。

もちろん、ルールは時代に合わせて少しずつ変化しつつあり、若者を中心として、既存の常識のゆるやかな崩壊が起きているように思う。けれど、まだまだ根強く残っているそれらの中で生きざるを得ないのも、また事実なのだ。

そういった社会の構造に対して、アートという手法を使って問いを立て続ける人がいる。

田村なみちえ。東京藝術大学の卒業展で彼女の作品を見て、私は強く心を動かされたのだった。

「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評」。アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)
彼女の出身の茅ヶ崎にて。「花粉症がひどいので、帽子が手放せないんですよね」

田村なみちえは、着ぐるみクリエイター、ラッパーとして活動する芸術家であり、2020年度の東京藝術大学の首席卒業者だ。

2月に東京都美術館で開催された、東京藝術大学の卒業展示。展示室に入った瞬間に見えた5体の巨大な着ぐるみから、私は目が離せなくなった。

それは、「外見至上主義」という世の中の常識と戦い続けた彼女の、魂の叫びのように思えたからだ。

「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評」。アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)
卒業制作『「「「「「「着ぐるみの為の着ぐるみ」の為の着ぐるみ」の為の着ぐるみ」の為の…』より
「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評」。アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)

ハーフに生まれ、見た目が特徴的だった彼女は、幼少期から、同級生や道ゆく人に「ガイジン」などと、心ない言葉を浴びせられることが多かったという。

外見が日本人にとっての「当たり前」とずれているだけで、偏見の目を向けられる。マジョリティから逸れた外見を持っていた彼女の周りには、自身の内面と向き合ってくれる人がほとんどいなかった。

「一概に、こうだから着ぐるみを作っている、という説明をするのは難しいのですが、外見で判断されることが多かったがゆえに、心という、見えてこないものに対してのアプローチが、自分の中では”着ぐるみ”という全部包んでしまうもので成り立っているんです」

「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評」。アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)

取材の待ち合わせ場所に、彼女はかわいい花柄のマスクをして現れた。「ママに作ってもらったんですよ」と微笑みながら。

SNSで見ていた印象よりも親しみやすさがあったが、同時に、その笑顔の裏に分厚い「壁」を感じた。踏み込まないでくれという意思が、何もかも見透かされそうな強い眼差しから見て取れる。

「着ぐるみをはじめて作ったとき、”やっと友達ができた”と思いました。私は昔から阻害される存在だったので、だからこそ着ぐるみに関しては、友達を作っている感覚でしたね。器用になればなるほど、客観的に、等身大に自分を見てくれる存在を作れていくことが嬉しくて、だから友達がいなくてよかったなって思う。私、自分自身が複雑で、情報量が多すぎるから、誰にも相談できないんですよ。誰に話しても反射して返ってこない感じがしてしまうから、独自の進化を遂げるしかなくて……生涯孤独でいるしかないんじゃないかな。最近は自分のこと、芸術型サイボーグみたいだなって。本当に悲しい生き物だと思いますね」

「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評」。アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)

「自分の魂と向き合いたい」というその一心で、無我夢中に創作活動を続けていた彼女。創作のなかで見えてきたものとは、一体なんなのだろうか。

「着ぐるみを作っていくうちに、”自分が好きな状態で自発的に目立つこと”と、”肉体で勝手に目立ってしまうこと”の、気持ち良さと気持ち悪さが全然違うことに気づきました。どちらにも好奇の目はあると思うけど、自分で”見られ方を選べる”という気づきは大きかったです。外見は、一番惑わされてはいけないもの。ポジティブなエネルギーとして利用することは全然悪くないと思いますが、それだけで生きようとすると完全に魂を失ってしまう。人間1人ひとりが、この肉体を持って、この肉体自身に惑わされてはいけないんだ、と思って生きる方が面白いと思いませんか?」

「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評」。アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)

「惑わされずに生きる」ことにもちろん大賛成ではあるものの、さまざまなノイズがある現代において、自分の魂と純粋に向き合い続けることは難しいとも同時に思う。社会から押し付けられる常識から解放され、私たちが自分自身と向き合うためには、どうすればいいのだろうか。

「それはすごく難しいですよね。私は悩みに悩んだ結果、着ぐるみやラップを作るというオチにたどり着いたけど、それは私にとっての解決策であって、誰もがみんな表現に昇華できるわけではない。だから手法にこだわるのではなく、まずは”思考転換”の訓練をすればいいと思います。世の中の動きとか流行に合わせて、必要のないものにお金をかけて精神を削られるくらいなら、思考に労力を費やした方がいい。だって思考転換は、一度気持ちを切り替えようと思いさえすれば、ゼロ円でできるものですから」

たしかに彼女のクリエイションは、すべて「思考転換」の賜物だ。外見のせいで魂に向き合えないなら、その外見をまるっと隠してしまえと始めた着ぐるみ制作。ラップをあえて始め、その土俵で中指を立てていくという音楽表現──。

私たちは何に惑わされているのか、その原因はどんな構造から来ているのか。たとえ彼女のような表現はできずとも、社会の常識に抗うための思考を養うことは、誰にだってできるのかもしれない。

「常識って、社会が勝手に決めた”絶対的な正解のものさし”のことじゃないですか。今の社会は、美しさはこうである、といった正しさが決まっているから、反対に憎悪的な、ダメなものが出来上がっていますよね。私は、それが生まれた構造自体に、創作を通じて問いを立てていきたい。今の社会が決めた”正しさ”の構造を批判するために、着ぐるみやラップという手段を使って表現しているんだと思います」

「私にいつでも必要なのは、適切な賞賛、適切な批評」。アートで社会に問いを立てる彼女の孤高なVOICE(着ぐるみクリエイター/22歳)

そうやって表現を続ける彼女は、現在、自分自身のことを「批判」してくれる人を探しているのだという。

「最近、記事や音楽が話題になったりして、”ファンです”などと言ってもらえることも増えたけど、それは今の”正しさ”を決める社会の構造に飲まれてしまっていることとイコールで。その方々のおかげで今の私がいるから、その方たちの存在をありがたいとも思うけど、本当のところを言えば、私は、私の構造自体を批判してくれる人を募集しています。だって、私を批判する人は、私より純粋に何かを表現しているということだから」

「既存の社会構造に問いを立てる彼女自身」に問いを立ててくれる人を探している──。ゲームチェンジャーの彼女は今、さらなるゲームチェンジャーの存在を待っている。

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