あれから、どう変わった?
これまでTOKYO VOICEに出演してくれた人たちに聞く、今この瞬間の生き方のはなし。前回出演時のバックナンバーとともに届けます。
世の中のあり方が大きく変わる出来事が続いている。これまでTOKYO VOICEが取材してきた人たちは、新しい日常の中で何を感じ、どう生きようとしているのだろう。
今回は2017年のTOKYO VOICE vol.2に登場した夫婦、成重松樹・きくちゆみこの今。娘が生まれる直前のふたり、娘が生まれ親となったふたり、そして、3人の家族となった今、思うこと。
前回出演時のバックナンバーはこちら
TOKYO VOICE VOL.2
インタビュー
成重松樹/大分県出身
(写真家・美容師/34歳 → 写真家・美容師/37歳)
きくちゆみこ/神奈川県出身
(文筆家・翻訳家/34歳 → 文筆家・翻訳家/37歳)
※この記事は2020年4月25日にインタビューしました
前回のインタビューから、生活はどう変わった?
きくち:世間も自分も、こんなに刻一刻と変わっている瞬間って、これまであんまりなかった気がするよね。子どもといる生活自体も、変化変化の毎日なんだけど。今、娘のオンが3歳になって、めちゃくちゃしゃべるようになったでしょ。前回のインタビューでは私、『まだ言葉をしゃべらないでほしい』みたいなことを言ってたけど、今、その世界からはよっぽど遠くにきちゃったし、そんなこと言ってる余裕もないし、そんなこと言う権利も私たちにない、みたいな。今は彼女の自我を感じずにはいられない。3人のかたちもすごく変わった。松樹ともちょっと距離ができたよね。
成重:アイデンティティが家庭内で増えて、その三角関係みたいなもののバランスがね。僕からすると、たとえばふたりが大泣きしていたら、どっちから泣き止ませればいいのかとか。どっちかは『私のほうに来なかった』ってなるし、そういうバランスは、人間が増えれば増えるほど抱えていくよね。社会が生まれるから。
きくち:2人っていう単位と3人っていう単位は、やっぱりぜんぜん違うと思ってて。1人と2人よりも、2人と3人のほうが違う感じする。2人だと、ある意味1人にもなれちゃうっていうか。完全に3人の社会、しかも今こういうふうに缶詰で……たぶんオンが生まれてから初めてっていうくらい、こんなに3人で一緒にいるよね。
今の生活になって以前より豊かになったことはある?
きくち:noteで日記をつけるようになったんだけど、こんなにも人の感情っていうのは毎日違うんだっていうことを、初めてはっきりと気づいたことかな。今更ながら、自分の気持ちがよくわかるようになったんだよね。それがころころ変わるってことに。たとえば、私、料理をつくるのが苦手なの。自分がいかに料理するのがつらいかってことを日記にも書いたんだけど、その2日後に手持ち無沙汰になったタイミングがあって、そのときなんか、ものすごく料理がしたくなっちゃって。育児や仕事で慌ただしい日々のなか、実は料理に救われてる瞬間もあるんだなって。
私にとって『生きてる』って、なにか行動をすることよりも、行動をしたことによって生まれた感情をちゃんと感じること。それが生きてる意味なんだなって、日記をつけることでリアルに感じるようになった。『うちで過ごそう』っていうのって、自分の内面で過ごす時間にもなっていて、家にいればいるほど、人と会わなければ会わないほど、書けば書くほど、感情の移り変わりをすごく感じる。それが今、豊かだなって感じる。
新しく始めたことは?
きくち:人と電話するようになったの。私、電話がめちゃくちゃ嫌いだったんだよ。この世でいちばん嫌いなものだった(笑)。かかってくると緊張しちゃって、友だちでも出られなかったくらい。もともとね、私は人と直接会ってしゃべるときも、身体や顔を見せすぎていることで、それに気を取られてしまって、本当に伝えたい思想とか感情が伝わってないことがずっと怖かったんだよね。でもあらためて考えたら、電話って顔も見せなくていいし、そうした自意識をぜんぶ取り除いてくれるし、最高じゃんって気づいて。
今はとくに、みんなイヤホンをつけて電話することが多いから、まさに勝手に頭のなかで声が響いてくるみたいな感じ。離れた場所にいるのに、人の声を自分の頭のなかで聞けるなんて、なんかテレパシーみたいだよね。だから今は、みんなテレパシーの準備運動をしている感じがする。それから、電話をするようになったことがきっかけで、noteでもひとりで声の配信をするようになった。それがすっごく安心する時間でね、人といちばんつながってる感じがするの。ある意味で、書くことよりもつながってる気がする。書くことは孤独だけど、声でしゃべると全然孤独じゃない。
これから先の生き方について、どんなことを考えてる?
成重:僕の場合は、歳を重ねていくとどうしても体力がなくなっていくし、これから長い目で見ると、今と同じようには働けないって、ちょうどコロナの少し前くらいから考えていて。普通の会社だと年功序列で収入が上がっていくけれど、それがどんどん下がっていくって結構怖い。そしたら、お金の価値をほかのものと交換していけたらいいなと思った。そうすれば精神的な価値の獲得は変わらない予感がしたんだよね。
たとえば時間。僕、地元が大分県の田舎なんだけど、時間軸がすごくゆったりだったなと思って。タイ人の映画監督のアピチャッポン・ウィーラセタクンの作品を見ると、別の国の話なのに、光とか空気感にすごく懐かしさを感じて。ああいうなにかが自分にとってはすごく大事なものなんだなって思った。僕は写真も撮ってるんだけど、たとえば東京と大分の2拠点で活動したら、美容室のほかに、写真も活動のひとつになる。将来どうなるかわからないけど、そういう充実した時間を獲得することに価値を交換していくようになるんじゃないかなと思う。
きくち:マインドフルなことって、いくら憧れていてもできないって思ってたけど、実は単純なことなんだなって最近気づいた。昨日、皮から餃子をつくったんだ。私はそれがすごい楽しかった。ずっとやりたかったんだけど、ふだん松樹もいて3人揃って時間があるときって、私がひとりになりたくて外に逃げちゃうことが多くて。でも、今は強制的にそれができなくなって、じゃあもう3人でいることをやってみようって思ったの。やってみたら、『なんだ、できるじゃん』って。『この時間、ほんとは本を読めたのに』みたいなことに気をとられないで、『私は餃子をつくってる、それでいい』って太鼓判を押す。昨日はそれができた気がした。しかもすごく美味しかった。だからね、私は餃子づくりをものすごく楽しんでるって自分で気づくだけ、それだけでマインドフルなんじゃないかって。いつもできるわけじゃないけど。
世界は今まで私にとってハイペースすぎたんだと思う。私自身は、もともと今のような社会のあり方のほうが合っていた気がする。組織にあんまりとらわれずに、自分の能力をその都度その都度、自分のいる場所から、遠くから発信する、みたいな。それを今多くの人がやり始めていることが、私はすごく親しみを感じるんだよね。自分が先に進んでる人って言いたいわけじゃないし、もちろん、ウイルスがあってよかったというわけじゃないよ。喘息持ちだから、かかりたくないしね。今の政治のあり方も、見過ごせないことばっかりだし、大変な状況がこれからも続いていくっていう懸念もある。でも、なんというか、フィジカルな接触がなかったとしても、心と心でもっとつながれる、そういう新しいやり方が見つかる、きっといつかって思ってたことが、今だんだん叶っている感じがした。
今の状況が収束したら、これから自分や世の中はどうなっていくと思う?
成重:今、仕事が休業になってるけど、家族と過ごす時間が増えて、すごく幸福で貴重な時間を手に入れられていて。僕もいい意味で諦めることができたんだよね。それが今後の自分のヒントになる気がしてる。実際は、医療現場の悲惨さとか、政治に対する怒りもあるし、そういうこと抜きには考えてないけれど、基本的なところでいえば、世界中が縛られている価値観からの解放を、パーソナルに現実化できるんじゃないかなって。
きくち:コロナが収束したあとは、それぞれの役割をいっそうつよく感じていくようになると思う。それにもっと耳をすませて、自分ができることをもっと意識できるようになるんじゃないかな。この身体、この頭、この魂でやっていく私が、どうやったらみんなの役に立つだろうかって。ほんとうに、みんな人それぞれ違うから。