夏のある日のことだった。六本木ミッドタウンの「とらや」にあんみつでもと入ったら、松浦弥太郎さんがいた。ひとりで宇治金時のかき氷を食べていたのだ。弥太郎さんとは親しくさせていただいていることもあり、声をかけて同席させてもらった。
「夏になるとよく来るんだよね。普通のサイズだとお腹が冷えちゃうから、ちっちゃいサイズがちょうどいいの」
身なりを整えた男性が甘いものを食べる様は、なぜかとても様になっていて、「スイーツ紳士」という言葉がふと頭に浮かんだ。同じ甘党として、いつか弥太郎さんに「甘党おじさんの言い分」を伺いたいと思っていた。そして季節は晩秋。あいにくの雨模様の中、銀座で弥太郎さんとおやつ散歩をすることになった。待ち合わせ場所は甘味処「銀座若松」。あんみつ発祥の店として知られる、老舗だ。弥太郎さんは、上質なグレーのスーツを着こなして、やはり端然とそこにいらっしゃった。
「銀座はね2週間にいっぺん散髪で来るから、若松(※1)に来てあんみつを食べて、時間があればウエスト(※2)行って珈琲を飲んで、たくみ(※3)をちょっと見ていろいろひっくりかえして、たちばな(※4)でかりんとうを買って帰るというコースですね」
最初にお断りしておきますが、この記事は弥太郎さんおすすめのおやつを紹介するという趣向になっており、脚注がたくさん入ります。
- ※1 銀座若松 中央区銀座5-8-20 コアビル1F 明治27年(1894年)銀座で創業。あんみつはこの店から生まれた。 http://ginza-wakamatsu.co.jp/
- ※2 銀座ウエスト 中央区銀座7-3-6 昭和22年(1947年)創業。当初は高級レストランだったが、その後カフェになった。リーフパイは誰もが食べたことのある味。https://www.ginza-west.co.jp/index.html
- ※3 たくみ 中央区銀座8-4-2 (甘味店ではありません。)柳宗悦の民藝運動の流れを受けて昭和8年(1933年)に創業。日本各地の工芸品が集められている。http://www.ginza-takumi.co.jp/
- ※4 たちばな 中央区銀座8-7-19 明治42年(1909年)創業のかりんとう店。甘さを抑えた歯応えのある生地を味わいたい。(ウェブサイトはありません。)
「あんみつは急いで食べちゃダメなんだ」
「ここのあんみつはおいしいんだ。子供の頃、母親と2ヶ月に1度くらい三越に買い物に来て、その帰りにここであんみつを食べさせてもらってね。以来50年以上になるかな。昔はコアビルがまだなくて、この店だけが日本家屋で、銀座のまん中で頑張ってたんですよ。でもビルの1階にある今も、昔の雰囲気がそのまま残っているし、あの頃を思い出してうれしくなります」
弥太郎さんの好きな席はいちばん端っこの席。ここに落ち着くと、スマホも本も手に取らずにぼんやりと過ぎゆく時間を楽しむ。
「あんみつは急いで食べちゃダメなんだ。ゆっくりの方がいい。友だち同士で来ているおばさまたちのおしゃべりを聞くともなく聞きながら、ひとりであんみつを食べていると、不思議と落ち着くんだ」
僕もあんみつをいただく。寒天に歯がめり込んでいく快感。あんこにちょっと塩気も感じる黒蜜が合わさって、甘さと香りが口腔を満たしてくれる。ああ、幸せなり。銀座4丁目の交差点からすぐのところにありながら、隠れ家のようなこの空間もとても居心地がいい。
店員さんがお茶を差しかえに来てくれた。
「何も言わなくても、お茶を淹れてくれるって幸せですよね。ちゃんと淹れてくれたお茶のおいしさって、すごい幸せになる。僕はお酒はまったく飲めないので、お茶がうれしいんだ」
店員さんに若松のあんみつのこだわりをうかがってみた。
(店員さん)「寒天は伊豆七島の天草を使ってます。黒蜜は奄美大島の黒砂糖で、天然の黒砂糖は渋みがあるんです」
「いい素材。それに尽きますよね。僕はここのあんこが好きなんです。甘味は感じるのに、甘すぎない。角がない甘さですよ」
(店員さん)「あんこをほめていただくのが一番うれしいです。うちはもともと上野の方であんこ屋をやっていた時から、あんこが自慢で、今も昔からの作り方を守ってます。でもあんこの製法は店主しか知らないんですよ」
「若松には男友達しか呼んだことないです」
「人を口説くときは若松でという、僕の中のセオリーがあって、大事な打ち合わせとか商談とかは全部ここでやっているんです。おばさまたちがおしゃべりしている隣りでね」
大事なプレゼンは普通会社の会議室でやるものだけど、会社を背負っているエライ人たちはいつも肩に力が入ってる。なにかエライことを言わないといけないというプレッシャーだってある。そんな雰囲気だとせっかくいいプレゼン案を持って行っても、うまくいかない。僕だって何度もそんな経験をした。でも甘いものを食べると心がほぐれてリラックスする。糖分が脳を活性化させて、パッと明るい気持ちになる。小さなテーブルで近い距離で、心と心の距離も縮まると、確かにうまく行くかもしれない。
ところで弥太郎さん、女性を口説くときは使えないですか?
「使えないね(笑)。若松には男友達しか呼んだことないですよ」
あんみつを食べ終えた一行は、次の目的地銀座7丁目のウエストへ。歩きながら、弥太郎さんの偏愛する甘いものについて話を聞いた。
「銀座だったら木村家(※5)のあんぱんはたまに買いますね。こしあんの塩漬けの桜の花がのってるの。ちょっとしょっぱいのが好きですね。空也の最中は予約して買った時もありますけど、最近はあまり買わなくなったなあ。秋になると岐阜のすや(※6)の栗きんとんを買って、人に配ったりとかしますね。駒込の中里(※7)の揚最中は好きです。今一番好きかもしれない。最中の皮に粉を付けて胡麻油でカリッと揚げてあって、その皮であんこを挟んでる。皮がおせんべいみたいに薄い塩味がついていて、甘いあんこととても合うんですよ。おいしいよ。あと講談社の向かいにある群林堂(※8)の豆大福。並んで買います」
さすがスイーツ紳士、次から次に出るわ出るわ。東京甘味マップができてしまいそう。
- ※5 銀座木村家 中央区銀座4-5-7 明治2年(1869年)創業。酒種酵母で発酵させたパンであんぱんが評判に。桜の花の塩漬けをのせた桜あんぱんは、明治天皇に献上するときに生まれた。http://www.ginzakimuraya.jp/
- ※6 すや 岐阜県中津川にある和菓子店。元禄年間創業と伝わる。初代は酢を売っていたので「すや」。新しい栗が採れる9月から季節限定で売り出される栗きんとんが、とにかく評判。早く予約しないとすぐになくなってしまうので、甘党は9月になるとサイトをチェックする。https://www.suya-honke.co.jp/
- ※7 御菓子司中里 北区中里1-6-11 明治6年(1873年)創業。名物の揚最中は、小ぶりな大きさなので、いつのまにか2個、3個と食べてしまう。http://nakazato-kashi.jp/
- ※8 郡林堂 文京区音羽2-1-2 豆大福にはとにかくたくさんの赤えんどう豆が入っていて、あまりの数に丸い形を維持できずにボコボコしているのが特徴。午後の早い時間には売り切れ必至の名物。(ウェブサイトはありません)
「父親は珈琲。僕は甘いものを」
ウエストに到着。絨毯の敷かれた店内にはクラシック音楽が流れている。椅子はソファのようにクッションが効いているのに、背もたれが立っているからだらしない座り方にならない。逆にちょっと居住まいを正したくなる。
「僕は珈琲とプリンをお願いします。秋はねマロンシャンテリーが季節限定で、食べないと終わっちゃうんだよ。青山店限定のホットケーキもおいしいよ、大きくて。ウエストというとリーフパイだけど、チーズバトンもおいしい。でも僕は今日プリンを食べたい。(店員さんに)風の詩はありますか?」
(店員さん)「はい、お持ちします」
「ウエストは父親と映画を見に有楽町に来た帰りに、必ずここに来て、父親は珈琲飲んで、僕は甘いものを食べてね。今思えば、幸せだったなと思うけど、当時は父親と話す訳でもないし、連れて行かれただけだったから。でも今も同じ店が残っているのはとてもうれしい」
弥太郎さんがまだ小学生だったころ、よくおつかいに行かされたという。祖母がお茶とお花の先生をしていたので、来客のためにお茶菓子が必要だったのだ。お茶菓子ならなんでもよいわけではなく、祖母の指定する店はどの店も電車に乗って買いに行かなければならなかった。初めて銀座のたちばなにかりんとうを買いに行った時、いつも祖母がおやつに出してくれるかりんとうが、銀座まで買いに来ないと手に入らないことを知った。そして味にうるさい祖母のこだわりを感じたという。子供がお使いに来ていることを知ると、お店の人が「お駄賃」として菓子をくれた。何軒か回ってもらった菓子を、帰りに公園でひとり食べる。小さな冒険のご褒美は甘いおやつとともにあった。
「できればいつも傍観者でいたい」
(風の詩が到着)
「風の詩はお客さまの投稿誌で、エッセイとか詩とかちょっとした読み物を投稿するんです。珈琲を飲むのにちょうどいい読み物。僕は小学生の頃から読んでる。掲載されると1000円くらいもらえるんだよ」
1万円て書いてあります。
「1万円になってる? 1000円と思ってた。カフェのフリーペーパーの元祖ですよ」
弥太郎さんは応募したことはないですか?
「ない。落とされたらショックだから(笑)。最高だな、このプリン。ウエストの店員さんはとても人が良くて、大の大人がプリンとか頼んでも当たり前のように持ってきてくれる。感じがいいんだ。制服を着ているところも好きだな。今時珍しいよね」
珈琲を飲みながら、弥太郎さんが初監督をした映画「場所はいつも旅先だった」(https://yataro-itsumo-tabisaki.com/)について聞いた。サンフランシスコ、マルセイユ、シギリア(スリランカ)、メルボルン、台北・台南など世界5ヵ国6都市を旅するロードムビーだ。カメラが回るのは早朝か深夜。まだ活動を始める前の街と、活動を終えた街だ。
「昼間の街は明るすぎて、見られることを前提にセットアップされてる感じがするんです。その点早朝や夜中はすごく無防備だし、街の素顔が見える。人の営みや、ちょっと特別なものが見えてしまう感じが好きなんですよ。きれいなんですよね」
見られていることを意識していない人を見るのって好きですか?フェルメールの絵のように。
「好きです。できればいつも傍観者でいたい。こうしてすみっこの席に座って、お店を見るともなく見ている時間が好き。僕にとって居心地のいい店って、どんなに常連になってもほっといてもらえる店なんです」
「僕は僕で勝手に楽しんでる」
「僕自身も何十年通っていても、いつも『お邪魔します』っていう感じですから。だから常連として扱って欲しいとは思わない。ウエストもそうだし、若松もそうだけど、いつ行っても初めて来た人みたいな応対をしてくれる。『毎度』って言われると嫌になっちゃう。1人でいたいんです。僕は僕で勝手に楽しんでいるから。神保町の古書店でずっと通っていた店があったんです。中学生の時から通って、ある時期は週に何回も行ってた。でもある日突然『お安くしときました』ってサービスしてくれたんです。それで嫌になっちゃって、残念だけど行かなくなりました」
「場所はいつも旅先だった」では、旅先で出会った人とのドラマがある訳ではなく、ただ傍観者としての弥太郎さんの視点で描かれる。つまり何も起きない。通り過ぎる街と人の営みは、次の街へ行ってしまうともう記憶の中にしか存在しなくなる。こうしておやつを食べて珈琲を飲む時間も、弥太郎さんには旅と同じなのだ。
「ニューヨークのおやつはドーナツ。ドーナツが一番おいしいのはハワイかな。なかなかおいしいドーナツは日本にはないけど、神田のエース(※9)や京都の六曜社(※10)の素朴なドーナツもおいしいよ。甘いおやつも好きだけど、せんべいはもっと好きかもしれない。もう閉店してしまったんだけど、浅草の入山せんべい(※11)は大好きだったな。固くておいしいんだ。本当のせんべいの味がしてね。羊羹はとらや(※12)の『夜の梅』が好き。おはぎは恵比寿のお惣菜屋さん(恵比寿中島※13)が火曜日と土曜日におはぎを売るの。そこのおはぎはおいしいよ」
- ※9 珈琲専門店エース 千代田区内神田3-10-6 のりトーストで有名だが、ドーナツもおいしい。温めたドーナツにはバターとグラニュー糖がまぶしてあって、とても素朴。
- ※10 六曜社珈琲店 京都市中京区河原町三条下ル大黒町40 京都の老舗喫茶店。ドーナツはサクッとした食感で、食べていると上顎にひっつく。それを珈琲で流し込むのが美味。https://rokuyosha-coffee.com/
- ※11 入山せんべい 職人さんたちが醤油を塗りながら炭火で焼いていた。固い生地を噛み締めると、頭蓋骨に響くようなおいしさだった。惜しまれながら2019年に閉店。
- ※12 とらや 創業はなんと室町時代。500年も続く老舗和菓子店。京都で創業したが、明治維新で東京に遷都された時に、天皇にお供して上京。「夜の梅」は小倉羊羹。https://www.toraya-group.co.jp/
- ※13 恵比寿中島 渋谷区恵比寿南3−1−27 恵比寿人に愛されるお惣菜とお弁当の店。弥太郎さんの愛するおはぎは、曜日限定発売なので要注意。http://unohana.daa.jp/zong_cai_bian_dang_hui_bi_shou_zhong_dao/top.html
弥太郎さんとのおやつ談義は尽きないけれど、そろそろお別れの時間だ。今日はたくさんの「好き」という言葉を聞いた。素直に好きなものは好きと口に出せるおじさんは、やっぱりかわいい。男の沽券とか小さなプライドにとらわれているかわいくないおじさんも、甘いおやつでも食べて脳をリラックスさせたら、自分に素直な言葉が出るかもしれない。
「船を見るのが好きで、パナマ船籍の世界最大の自動車運搬船とか、日本には年に1回しか来ないようなロシアやアフリカの船とか、ネットで調べて横浜港に見に行くんです。マディソンマースクというデンマークのコンテナ船が一番好きで……(以下略)」
弥太郎さんの「好き」はまだまだ続くようです。