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「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)
「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)

「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)

「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)

ひさしぶりに会った彼の顔は、以前よりも血の気が宿り、健康的になっているような気がした。

「最近、元気になったんですよ。今まで人に会いすぎていたんだと思う」

作家、燃え殻。コロナをきっかけに会社を休職したという最近の生活について、そして、彼の考える人間関係について。他者との関わりに、彼は今、何を思っているのだろうか。

新宿にある古い喫茶店に、彼は約束の時間どおりに現れた。手ぶらで飄々とした出で立ちで、まるで、家の近所を散歩しているかのような身軽さで。平日にも関わらずすみませんと伝えると、「会社を休職しているから大丈夫」と言う。

22年前からテレビの美術制作会社で会社員として働いている彼は、4年前に執筆した小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』で作家デビューを果たし、ここ4年間は、「会社員」と「作家」というふたつの肩書きを往復する日常を続けていた。

「今回、22年間ではじめて会社をがっつり休む決意をしたんです。コロナの影響も理由のひとつではあるけど、もっと、本を書きたいと思って。社長に2ヶ月休みますってLINEで伝えたら既読スルー。22年間も一緒にいるのに、本当ひどい話ですよ」

彼の話し方は、いつも本気なのか冗談なのかがわからない。けれどその不可解さが、多くの人を惹きつけているのだろう。執筆活動に専念するために会社を休職することを決めた彼が、その足場として選んだのは、新大久保にある1泊3000円ほどの安価なビジネスホテルだった。

「とにかくめっちゃ狭いんです。独房みたいで。シャワーも、気をつけの姿勢でずっといなきゃいけないくらい(笑)。でも、それくらいがちょうどいいなと思ってここを選びました。移動もせずに毎日おんなじ場所にいて、毎日おんなじもん食ってますね。何を食べてるかって? 高田馬場にあるエチオピアのカレーです。なんか最近、ありとあらゆる欲がなくなって……。昔はもうちょっと、人に会いたいだとか、エロい店に行きたいとか思ってたんですけど、すべてのことがめんどくさくなっちゃって」

「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)

ずっと同じ場所にいて、同じものを食べ続け、誰とも会わずに一人で過ごす。そんな生活を続けていたら、気が滅入ってしまわないのだろうか。そう尋ねると、彼の口からはこんな返事が返ってきた。

「それが、全然平気なんですよ。むしろ元気になったなって思うくらい。コロナで鬱になる人もいれば元気になる人もいるって聞きますけど、僕は後者でした。みんなが人に会えなくなって、今までのルールが1回全部終了みたいになったじゃん? それが僕にとってはよかったんです。もう誰とも比べる必要がないから。本来、それが正しいだろと思って。とにかく人に会って、関係を築いたもん勝ちみたいなの、よくないじゃないですか」

彼の暮らすホテルには、テレビもない。1日の時間の多くを、本を読み、文章を書きながら過ごしている。

「古本屋に行って、本を買ってきて読むんです。読むのはだいたい、すでに亡くなっている作家たちの本。死んでるし、新作もなくて、嫉妬しようがないからね。ただ作品のことを、落ち着いて純粋な目で見れる。めっちゃいいでしょ?」

「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)

そんな彼が、ホテルでの自粛生活(彼に限って言えば、自粛、という言葉は似つかわしくないのだが)の間に完成させた本がある。

それは、7月24日に発売する自身初のエッセイ集『すべて忘れてしまうから』だ。

人生の中でたびたび遭遇する、自分の思い通りにいかない出来事──。この作品には、彼の人生に起きる「ままならないこと」が、情景たっぷりに綴られている。

「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)

前作の小説、そして今回のエッセイ集を読んでいると、彼の文章では、たびたび「消えゆく人々」が描かれていることに気づく。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』では、主人公であるボクが好意を寄せていたかおりは「今度、CD持ってくるね」と言ったきり連絡が取れなくなってしまうし、同じく登場人物のスーという女性も、ある日突然姿を消す。今回の新作『すべて忘れてしまうから』でも、彼の前から急に姿を消した人々について、いくつかの描写がある。

予期せぬ瞬間に不意に終わってしまう人間関係は人生の中でたしかにあるけれど、彼はなぜ、そういったものを描くのか。その理由は、私が今回のインタビューで聞いてみたいことのひとつだった。

「怖くてね。怖いの。人って、みんな去っていくじゃないですか。小説にも書いたけど、7年くらい付き合った女の子が、『今度CD持ってくるね』って言ったきり音信不通になったことがあった。テレビの制作現場にいると、おはようございますって言ったくせに夕方になっても帰って来ない、みたいなことがざらにあった。僕は、消えられることがものすごく多い人生なんですよ。自分自身の性格に難があるのか、急に、人に嫌われる。でも、自分の何がいけなかったのか分からない。だって、相手はすでに消えてしまっていて、絶対教えてくれないから。それで、また同じことを繰り返して人が去っていくんです。すごい寂しいわけよ。だからこそ書くんじゃないですかね。ほとんどの場合は綺麗に別れられないから、小説とかエッセイとかの中では、ある程度綺麗に別れられたことにしたい。きっと、希望なんだと思います」

「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)

たしかに、彼の小説やエッセイの中での「消えゆく人たち」とのエピソードは、別れの寂しさを内包しながらも、一方でその去り際はどこか美しい。それは、他人同士の人生が交わることが、どこまでいっても刹那的で不確実であることを、誰よりも知っている彼だからこそ描けるものなのかもしれない。

「いろんな人たちが去っていく。そして、いつかはお互いすべて忘れてしまう。でも、だからこそ、相手が何を言っていたか、1つくらいは覚えていたいんですよね。その人の後ろ姿でも、その人の最後の言葉でもいいんだけど。その時に、どこを覚えて生きて行きたいかという意識は、とても大事なことなんじゃないかなって思います。その人ってどんな人だったんだろうと思い返す時に、嫌なことばかりを思い出してしまったら、自分も浮かばれないじゃないですか。だからできる限り、美しいことを。そしてそれは、自分の人生に対して、『何もなかったよりはよかったじゃない』って思いたい、ってことなんだろうなと思います」

冒頭で彼が言った、「人に会わなくなって元気になった」という言葉を思い出す。もしかするとそれは、「人が消えゆく寂しさ」の数と反比例になっているのかもしれない──などと思ったりもする。

「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)

人間関係は、ままならない。感情を持つ人間同士が出会い、おたがいを知りたい、わかり合いたいと願うほどに。でも、人はその「ままならなさ」を受け入れられず、どこかで都合のいい解釈をしたり、ごまかしたりしながら、自分の人生を肯定しようとする。

「ままなってる人なんているのかなあ。みんな、ままなっているフリをしてるだけだと思うんだよね」

彼がポツリと漏らした言葉が頭からずっと離れない。人生のままならなさを受け入れ、等身大に、そしてほんの少しの希望と共に描いてくれるから、彼の文章は今日も人々を魅了するのだ。

「人に会わなくなってから、元気になったんですよ」。人生のままならなさに向き合う彼の、憂いと希望のVOICE(作家・会社員/46歳)
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